Pearl A, Karaba SM, Uhlemann AC. Contact Precautions for MRSA and Vancomycin-Resistant Enterococcus. N Engl J Med. 2025;393(24):2475-2477. doi:10.1056/NEJMclde2502960
Why this paper matters
病院内におけるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)およびバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)の伝播抑制を目的とした接触予防策は、長年、感染管理の標準的介入として実施されてきた。
しかし、その有効性を示すエビデンスには一貫性がなく、一方で隔離に伴う患者の心理的弊害、医療従事者との接触減少、多大な医療資源の消費といった不利益が顕在化している。
本稿は、接触予防策を継続すべきか、あるいは標準予防策へ移行すべきかという、現代の感染管理における未解決の議論を整理し、臨床現場での意思決定に不可欠な視点を提供する。
Study overview
本文献はNEJM誌の三次医療機関における感染管理方針の再検討を想定した専門家による論説である。
接触予防策の継続を支持する立場と廃止を支持する立場の双方が、ランダム化比較試験(RCT)、観察研究、数理モデル、および現行の診療ガイドラインを引用して議論を展開している。
検討の対象は、MRSAまたはVREの感染・定着が確認された入院患者であり、ガウンおよび手袋の使用を含む接触予防策が、院内感染率、菌の獲得率、患者の精神的健康、ならびに経済的・環境的コストに及ぼす影響を中心に分析している。
特に、全ゲノム解析(WGS)を用いた伝播動態の評価や、大規模な感染対策パッケージ(バンドル)の中での接触予防策の寄与度が主要な焦点となった。
Key arguments / Evidence synthesis
接触予防策の継続を支持する主な根拠は、複数の大規模研究と数理モデルに依拠している。
BUGG試験(Benefits of Universal Glove and Gown trial)では、ICUにおける全患者への接触予防策導入が、副次評価項目であるMRSA獲得リスクの有意な低下と関連したことが示されている。
また、VAが実施したMRSA対策パッケージの導入後、10年間で院内発症MRSA感染が66%減少したという長期的な報告も有力な証拠とされる。
数理モデルによる推計では、接触予防策がMRSA伝播を44〜47%抑制すると算出されており、CDCやSHEA/IDSA/APIC等の主要ガイドラインも依然として接触予防策の実施を推奨している。
継続派は、隔離による患者への悪影響について、疾患の重症度を補正した解析では必ずしも有意な相関が認められないとするデータを示し、予防策の妥当性を強調している。
対して、接触予防策の廃止を支持する立場は、介入の有効性に関する直接的なエビデンスの欠如と、確実視される不利益を指摘している。
複数のクラスターランダム化試験やメタ解析において、接触予防策がMRSAやVREの獲得抑制に寄与しなかったことが示されている。
さらに、準実験的研究では、接触予防策を廃止しても院内感染率が増加しなかった事例が多く報告されている。
近年の全ゲノム解析を用いた研究によれば、院内での患者間伝播は新規獲得の少数派に過ぎず、多くは市中からの持ち込みや内因性感染である可能性が示唆されている。
不利益の側面では、隔離患者において医療従事者との接触回数が減少し、不安、抑うつ、転倒リスクが増加するという報告がある。
加えて、米国だけで年間約15億枚のガウンと手袋が消費され、18.7億ドルのコストと多大な環境廃棄物が発生している実態が、過剰な介入を抑制すべき根拠として挙げられている。
Clinical perspective
臨床現場における意思決定においては、接触予防策を単独の介入として評価することの困難さを認識する必要がある。
多くの成功事例は、手指衛生の徹底、環境清掃の強化、クロルヘキシジン浴による除菌、抗菌薬適正使用(スチュワードシップ)といった包括的なパッケージの結果であり、その中でのガウンや手袋の寄与度は不明確である。エビデンスが拮抗する現状では、施設内の疫学的背景、リソースの可用性、および患者の安全性を総合的に判断することが求められる。
手指衛生が高度に遵守されている環境下では、一律の隔離から標準予防策への移行、あるいは高リスク状況に限定した選択的予防策の実施が妥当な選択肢となり得る。
しかし、予防策を緩和または廃止する場合には、施設固有の伝播率の変化を厳密に追跡する体制が不可欠である。
特に、一部の研究ではVREの血流感染増加が報告されていることから、一律の対応には慎重を期すべきである。
今後は、全ゲノム解析を含むアクティブサーベイランスを用いて伝播経路を可視化し、科学的根拠に基づいて介入の強度を調整する「個別化された感染管理」への移行が期待される。
また、大規模なクラスターランダム化試験によるさらなる検証が望まれるが、短期的には各施設でのモニタリングデータに基づいた段階的な方針決定が現実的である。


