患者背景とは、対象となる個々の患者が有する固有の性質を指します。
栄養状態や免疫学的状態、解剖学的構造に加え、年齢や性別、行動様式、さらには遺伝的背景までが、特定の病原体に対する感受性、曝露の機会、そして感染成立後の経過を規定します。
以下では、これら各要素が感染症リスクにどのような影響を与えるのかについて解説します。
やや専門的・詳細な内容も含まれるため、必要に応じて読み進めてください。
栄養状態
宿主の栄養状態は、生体防御機構の完全性を維持し、感染リスクを制御するうえで極めて重要です。
低栄養状態では、悪液質に伴う異化状態の進行や、治療誘発性の悪心・嘔吐、代謝異常などを背景として、皮膚や呼吸器、消化管の粘膜面からなる「第一線の防御壁(first line of defense)」が著しく障害されます。なかでも、低栄養に伴う腸管機能不全は臨床的に重要です。
腸管上皮細胞間を結合するタイトジャンクションが損傷し、粘膜透過性が亢進すると、本来は腸管内に隔離されるべき微生物が容易に血流へと「トランスロケーション」する経路が形成されます(”Mucosal barrier injury: biology, pathology, clinical counterparts and consequences of intensive treatment for haematological malignancy: an overview”)。
さらに、特定の微量元素の異常も免疫エフェクター細胞の機能に直接的な影響を及ぼします。
とくに鉄欠乏状態では、自然免疫の中心的存在である好中球の微生物殺菌能(microbicidal capacity)が著しく低下し、加えてTリンパ球機能も障害されることが示されています。
一方で、鉄は宿主防御のみならず微生物の増殖にも不可欠な要素であり、鉄過剰の状態においても、貪食能や走化性、細胞性免疫が低下することで、侵襲性真菌症などのリスクとなることが知られています(”Rust and corrosion in hematopoietic stem cell transplantation: the problem of iron and oxidative stress”)。
このように、低栄養および微量元素の恒常性破綻は、物理的防御壁の脆弱化と免疫細胞の殺菌機能不全を同時に引き起こします。
低栄養が乳幼児におけるニューモシスチス肺炎の重要なリスクファクターであることは広く知られています(”Protein-calorie malnutrition as a risk factor for Pneumocystis carinii pneumonia in children with AIDS”)。
がん関連
抗がん剤治療や悪性腫瘍そのものによる免疫機能低下は、特定の病原微生物に対する感受性を著しく高める重要な要因です。
多くの殺細胞性抗がん剤は、正常な造血前駆細胞の増殖を抑制し、骨髄における造血細胞の枯渇を通じて重度の好中球減少症を引き起こします(Mandel, “Quantitative relationships between circulating leukocytes and infection in patients with acute leukemia”)。この結果、好中球依存性の生体防御が破綻し、侵襲性細菌・真菌感染症のリスクが大きく上昇します。
加えて、殺細胞性抗がん剤による粘膜バリア障害は、口腔や消化管に常在する Viridans 群連鎖球菌 などが血流へ侵入する契機となり、菌血症を惹起します(Mandel, “Mucositis not neutropenia determines bacteremia among hematopoietic stem cell transplant recipients”)。
近年、血液領域で使用頻度が増加している二重特異性抗体や、CD19を標的とするCAR-T細胞療法は、Bリンパ球を広範に枯渇させることで、重度かつ長期にわたる低ガンマグロブリン血症を引き起こすことがあります。
また、現在でも移植前処置や白血病の救援化学療法に用いられるフルダラビン、インドレントリンパ腫で主に使用されるベンダムスチン、GVHD予防目的で使用されるシクロホスファミドや抗胸腺グロブリン、さらに CD52抗体であるアレムツズマブなど、T細胞枯渇を来す薬剤も数多く存在します。
これらの薬剤による免疫障害の特徴と感染症リスクについては、別セクションで詳しく解説します。
脾摘後、脾機能低下
脾臓の摘出や脾機能低下は、宿主防御機構における重大な欠損をもたらします。
脾臓は、肺炎球菌、インフルエンザ菌、髄膜炎菌 などの莢膜を有する細菌を効率的に排除するために不可欠な、特異的オプソニン抗体の主要な産生・供給拠点です。
脾摘患者や機能的無脾症患者では細菌のオプソニン化が不十分となり、貪食細胞による迅速な除去が障害されます。
これにより、これらの宿主は莢膜細菌による急速に進行する敗血症や、致命的な感染症を発症するリスクに曝されることになります。
脾摘および脾機能低下患者における感染症予防戦略については、別セクションで詳述します。
皮膚・粘膜バリア
宿主の栄養状態の項で述べたように、皮膚や粘膜などの解剖学的構造は、微生物の侵入を阻止する「第一線の防御壁(first line of defense)」として機能しています。
健康な皮膚は、角質層による物理的障壁に加え、乾燥環境や酸性の皮脂膜、汗に含まれる塩分による高浸透圧環境を通じて、微生物の定着や増殖を抑制しています。
しかし、針刺しや血管カテーテルの挿入といった医療行為は、この角質層バリアを直接的に突破し、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌 などの皮膚常在菌が血流へ侵入する経路を形成します。
また、固形腫瘍による鼻腔、気管支、胆管、腸管などの閉塞は分泌物の排泄障害を引き起こし、副鼻腔炎、肺炎、胆管炎といった二次感染症の発症母地となります。
さらに、腫瘍が周囲組織へ浸潤することで食道穿孔や腸管壁の破綻が生じ、本来は無菌である体腔内に細菌が播種され、腹膜炎を来すこともあります。
年齢・性別
年齢および性別は、病原体に対する感受性や生理的反応を規定する宿主因子です。
例えば、百日咳の発生率が4歳以下の小児、とりわけ1歳未満の乳児で突出して高いことは、生理的防御機構の未熟さが感染リスクを大きく左右していることを示しています。
また、高齢社会である日本の急性期医療の現場において頻繁に遭遇する高齢者の誤嚥性肺炎や尿路感染症は、加齢に伴う嚥下機能や排尿機能、ならびに局所免疫の低下といった生理的防御機構の変化を反映したものといえます。
さらに、年齢を問わず女性に尿路感染症が多いことは、尿道が短く、肛門と尿道の距離が近いといった性別に起因する解剖学的特徴が、防御機構として不利に働くことを反映しています。
行動様式
行動様式もまた、病原体への曝露機会や感染成立後の経過を大きく左右する重要な因子です。
喫煙は気道分泌物のクリアランスを障害し、病原性の高い莢膜被包菌の気道内定着を促進するリスク因子となります。
また、過度のアルコール摂取は非特異的免疫応答を抑制し、宿主防御機構を脆弱化させます。
性的行動様式は、クラミジアやHIVなどの病原体が性行為を介して伝播する機会を規定し、汚染された注射針の共有といった薬物使用行動は、病原体が宿主に侵入する人為的な経路を形成します。
一方で、手洗いの励行に代表される衛生行動の改善は、小児における感染症罹患率を有意に低下させることが示されており、宿主防御を強化する有効かつ実践的な行動様式と位置づけられます(Mandel, Effect of intensive handwashing promotion on childhood diarrhea in high-risk communities in Pakistan: a randomized controlled trial)。
遺伝的背景や免疫調整因子
宿主の遺伝的背景、特に免疫関連遺伝子の多型や免疫調節因子の異常は、感染症に対する感受性の個体差を生む重要な要因です。
これらの因子は、単独で明らかな免疫不全を引き起こすことは多くありませんが、がん化学療法や造血幹細胞移植(hematopoietic stem cell transplantation:HSCT)などの強い免疫抑制状態が加わることで、感染症リスクを修飾する臨床的に重要な因子となります。
とくに注目されているのが、微生物由来成分を感知し自然免疫応答を誘導するパターン認識受容体(PRR)をコードする遺伝子の多型です。これらの遺伝的変化は、侵襲性真菌症を含む重篤な感染症の発症リスクと関連することが示されています(Mandel, Genetic variants and the risk for invasive mould disease in immunocompromised hematology patients)。
代表的な例として、細菌の細胞壁成分を感知する受容体である NOD2(CARD15) の多型は、同種HSCT後の腸管において炎症制御が破綻しやすい状態と関連し、重度の腸管移植片対宿主病(GVHD)のリスク増加と関連する可能性が報告されています(Mandel, Both donor and recipient NOD2/CARD15 mutations associate with transplant-related mortality and GvHD following allogeneic stem cell transplantation)。
GVHDそのものに加え、その治療として用いられる免疫抑制療法は、T細胞およびB細胞機能を遷延的に低下させ、結果として侵襲性真菌症などの日和見感染症を引き起こします。
一方、遺伝子多型とは異なる免疫調節異常として重要なのが、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)に対する自己抗体の存在です。
GM-CSFは、好中球やマクロファージの殺菌能、化学遊走、抗原提示など、病原体排除に不可欠な免疫機能を支える中心的なサイトカインです。
しかし、このGM-CSFを中和する自己抗体が存在すると、肺胞マクロファージや好中球の機能が障害され、自己免疫性肺胞蛋白症(autoimmune pulmonary alveolar proteinosis:aPAP)や重篤な日和見感染症を発症しやすくなります。
とくに、クリプトコッカス感染症(とくに Cryptococcus gattii)やノカルジア感染症との関連が知られており、本来は免疫正常と考えられていた患者においても、GM-CSF自己抗体が未診断のリスク因子として存在することが報告されています。
これらの病態では、GM-CSF自己抗体が単球におけるSTAT5シグナル伝達を阻害し、病原体に対する免疫応答を低下させることが、その機序の一端と考えられています。
まとめ
以上のように、患者背景は「免疫不全か否か」という単純な二分法では捉えきれない感染症リスクを持っていることがあります。
明らかな免疫不全が認められない患者においても、原因不明の日和見感染症を認めた場合には、こうした潜在的な宿主因子の存在を念頭に置き、適切な追加評価や慎重な経過観察を行うことが重要です。

