病原微生物(Agent)からみた感染症の成立

病原微生物は、通常その存在だけで感染症を成立させるには不十分であり、微生物側の病原性や曝露量といった要因が、疾病成立の可否を大きく左右します。

感染症は、病原体の侵襲性、曝露の程度、そして患者背景・環境との相対的な関係によって成立する現象です。

ただし、一部の病原微生物は、明らかな免疫異常のない健常人においても、正常免疫を突破して感染症を成立させることができます。

これらの病原体では、宿主側因子よりも病原体側の病原性因子や曝露量が感染成立に寄与します。

黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)

黄色ブドウ球菌は先進国における菌血症や感染性心内膜炎の主要な原因菌であり、特にUSA300に代表されるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌の高病原性クローンは、健康な小児や成人に対しても壊死性肺炎などの致死的な市中獲得型MRSA感染症(Community-aquired MRSA)を引き起こすことが示されています(”Staphylococcus aureus Infections: Epidemiology, Pathophysiology, Clinical Manifestations, and Management”)。

これらの株では、Panton–Valentine型白血球破壊毒素(PVL)による好中球破壊や、α-ヘモリシンによる上皮・内皮障害などが重なり、健常な自然免疫応答が局所的に破綻します。

その結果、免疫正常者であっても急速に進行する重篤な感染像が成立します。

A群連鎖球菌(Group A Streptococcus: GAS)

同様に、A群連鎖球菌(Group A Streptococcus: GAS)は、宿主免疫の状態にかかわらず侵襲性疾患を引き起こし得る病原体です。

咽頭炎のような軽症感染から、壊死性筋膜炎や劇症型溶連菌感染症に至るまで幅広い病態を示し、免疫正常者を含む世界人口において年間50万人以上の死亡に関与すると推定されています(”The global burden of group A streptococcal diseases”)。

侵襲性GAS感染症の疾病負荷(disease burden)は、HIVや結核、肺炎球菌感染症に匹敵すると評価されています(同文献)。

高病原性肺炎桿菌

また、高病原性肺炎桿菌(hypervirulent Klebsiella pneumoniae:hvKp)は、病原体側因子のみで健常人に重篤な侵襲性感染症を成立させる典型的な微生物です。

hvKpはrmpADCやrmpA2遺伝子を介した莢膜過剰産生により貪食や補体依存性殺菌を回避し、エアロバクチン(iuc)やサルモチェリン(iro)といった鉄獲得機構によって宿主の栄養免疫を突破します(”Klebsiella pneumoniae liver abscesses: pathogenesis, treatment, and ongoing challenges”)。

その結果、免疫正常者においても肝膿瘍や播種性感染症が成立します(Community-acquired liver abscess caused by capsular genotype K2-ST375 hypervirulent Klebsiella pneumoniae isolates)。

高病原性地域流行型真菌

さらに、コクシジオイデスやヒストプラズマに代表される高病原性地域流行型真菌は、環境中の胞子吸入を契機として、明らかな免疫抑制のない健常者にも感染症を成立させます。

特にコクシジオイデス症では、曝露者の約3分の1で発熱や結節性紅斑などの臨床症状が出現し、吸入胞子数が多いほど肺感染症は重症化します(”Coccidioidomycosis and Histoplasmosis in Immunocompetent Persons”)。

これらの真菌は極めて高い感染力と病原性を有し、培養菌体の同定や操作にはバイオセーフティレベル3(BSL-3)相当の封じ込め環境が必須とされています。

免疫不全と低病原性病原微生物の相対性

一方で、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌などの皮膚常在菌や、アスペルギルス属に代表される偏在性真菌は、免疫正常者においては通常、感染症を成立させる病原体とはみなされません。

これらの微生物は日常的に環境や人体と接触しているにもかかわらず、健常な宿主では皮膚・粘膜バリアや自然免疫機構によって速やかに制御されるため、臨床的な問題となることは稀です。

しかし、免疫不全患者においては状況が大きく異なります。

これらの微生物は「病原性がない」のではなく、宿主の免疫機構に強く依存して病原性が顕在化する微生物であり、好中球機能・リンパ球機能低下やバリア破綻、異物(デバイス)の存在といった条件下では、重篤な感染症を引き起こし得ます。

特に、アスペルギルス属は吸入後の初期防御に好中球が不可欠であるため、好中球減少や機能障害を背景として侵襲性真菌症へと進展します。

もっとも、これらの微生物も曝露量が極めて多い場合には、免疫正常者においても感染症を成立させる可能性があります。

すなわち、感染症の成立は「病原体の存在」そのものではなく、病原性、曝露量、そして宿主免疫状態の相対的な関係性によって規定されるものとして理解すべきです。

まず学ぶべきは症候学であり、微生物学ではない

ここで、感染症診療を学ぶうえで意識しておきたい重要な視点を一つ示します。

それは、「微生物各論から学び始めない」ということです。

日本の感染症学は微生物学から発展してきたため、教育の場では微生物の形態や分類、構造といった各論から学習を始めることが少なくありません。

しかし、臨床における感染症診療という観点では、この学習順序は必ずしも実践的とは言えません。

臨床現場で求められるのは、「この患者にいま何が起きているのか」を的確に捉えることです。診療の出発点は、微生物の性質を網羅的に知っているかどうかではなく、症状、経過、患者背景といった臨床情報をどのように統合して解釈できるかにあります。患者は病原体名を伴って現れるわけではなく、常に不確実性を含んだ臨床像として目の前に存在します。

そのため、感染症の理解は、症候や臨床状況を起点として、そこから関与しうる微生物を考えていく方が合理的です。

なぜこの微生物が問題となるのか、その背後にどのような「患者背景」や「環境要因」があるのか、という視点で整理していくことが、実際の診療に直結します。

感染症診療において重要なのは、微生物を個別の知識として暗記することではありません。臨床文脈の中で、なぜその微生物が選択的に関与するのかを理解することです。この視点を持つことで、感染症診療は知識の集積ではなく、論理的推論に基づく臨床思考として捉えられるようになります。